名古屋クリスチャンセンター教会
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 さまざまなバプテスマの教え

 ですから、私たちは、キリストについての初歩の教えをあとにして、成熟を目ざして進もうではありませんか。
死んだ行ないからの悔い改め、神の信仰の教え、バプテスマの教え、手を置くこと、死者の復活、とこしえのさばきなど基礎的なことを再びやり直したりしないようにしましょう。
 新約聖書 へブル 6:1-2

バプテスマ・・・原語(ギリシャ語)では、水でひたす、つける、水で洗うという意味

◎すべてのバプテスマにおいて、三つのものがなければならない。

(a)バプテスマする人

(b)私たちがその中にバプテスマされるべき要素

(c)志願者

◎新約では、三つのバプテスマについて語っている。

(1)救いのバプテスマ(新生における、キリストの体の中へのバプテスマ)

(2)水のバプテスマ

(3)聖霊のバプテスマ


(1)救いのバプテスマ

・ 救われる時、人はキリストのなかにバプテスマされる。
(a)バプテスマする人 ―聖霊

 なぜなら、私たちはみな、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、そしてすべての者が一つの御霊を飲む者とされたからです。
 新約聖書 コリント人への手紙第一12:13

 ひとつの御霊により、私たちは皆ひとつの体の中へバプテスマされるのです。

 それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。
 新約聖書 ローマ人への手紙6:3

 私たちのうちの多くはイエス・キリストの中にバプテスマされた。

 バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。
 新約聖書 ガラテヤ人への手紙3:27

 あなたがたのうちの多くはキリストの中へバプテスマされ、キリストを着たのです。
(b)要素 ―キリストの体
(c)志願者 ―イエス・キリストを受け入れたいと願っている人

◎あなたがキリストを受け入れた時、聖霊によってキリストの中へバプテスマされる。

(2)水のバプテスマ

(a)バプテスマする人 ―奉仕者

 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
 新約聖書 マタイの福音書28:19

 宦官はピリポに向かって言った。「預言者はだれについて、こう言っているのですか。どうか教えてください。自分についてですか。それとも、だれかほかの人についてですか。」
ピリポは口を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた。
道を進んで行くうちに、水のある所に来たので、宦官は言った。「ご覧なさい。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何かさしつかえがあるでしょうか。
 新約聖書 使徒の働き8:34-37

・バプテスマということば ―それは決して、ふりかけるとか、注ぐということを意味しない。(滴礼は本当のバプテスマではない)
(b)要素 ―水
(c)志願者 ―生まれ変わった信者

◎バプテスマは、信者がキリストに対する信仰を人々の前で公に表明するものである。
◎水のバプテスマの本当の意味は、霊的なもの。

(a)水のバプテスマは、主イエス・キリストが死んで葬られ、よみがえったことを示す。
(b)水のバプテスマは、私たちがキリストと同一であることを示す。私たちは彼の死、埋葬、復活において、彼と同一であるとみなされている。
(c)水のバプテスマは、私たちの古い人がキリストにあって死んだことの全き表明である。

 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。
 新約聖書 コリント人への手紙第二5:14

◎私たちは ・罪に死んだ ・自分に死んだ ・古いいのちに死んだ ・それはまた、私たちが古いいのちを葬った後、彼にあって彼と共に新しいいのちに歩むために、キリストと共に復活させられたことの宣言でもある。 ・今日のバプテスマは、私たちの主の死と、復活をふり返る。

◎ 何故クリスチャンは水のバプテスマを受けるべきなのか。

・それはイエス・キリストの命令である

 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、  新約聖書 マタイの福音書28:19

・それは初代教会の基礎的な教義(教え)である。

 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。
 新約聖書 使徒の働き2:41

(初代教会によって実行されていた)

 「この人たちは、私たちと同じように、聖霊を受けたのですから、いったいだれが、水をさし止めて、この人たちにバプテスマを受けさせないようにすることができましょうか。」
そして、イエス・キリストの御名によってバプテスマを受けるように彼らに命じた。彼らは、ペテロに数日間滞在するように願った。
 新約聖書 使徒の働き10:47-48

(初代教会によって実行されていた)

・それは内側で起こったことの外側への告白である。それは、私たちがイエス・キリストと同一であることを表明する。

 それでは、どういうことになりますか。恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか。 絶対にそんなことはありません。罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう。 それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。 もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。 私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。 死んでしまった者は、罪から解放されているのです。 もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。 キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。 なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。 このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。
 新約聖書 ローマ人への手紙6:1-11

・私たちは、私たちの主イエス・キリストが死に葬られ、よみがえられたことと一つとなる。

◎ 水のバプテスマは私たちを救わない。

・ある人々は、バプテスマによって新生するという解釈をしている。

神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。
 新約聖書 テトスへの手紙3:5

 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国にはいることができません。 新約聖書 ヨハネの福音書3:5

両方の聖句(テトスへの手紙3:5 、ヨハネの福音書3:5 )における、「洗い」と「水」ということばは、神のことばのことを言っている。

あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。
 新約聖書 ペテロの手紙第一1:23

キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、
 新約聖書 エペソ人への手紙5:26

・バプテスマは、しばしば救いとつなげられるが、それは私たちを救わない。
新約聖書 エペソ人への手紙2:8-9は、救いが神からの賜物であって、行ないによるのではないこと、それは誰も誇ることがないためであると言っている。
・バプテスマは、「新生」によって私たちのうちにすでに起こったことを象徴している。だから、バプテスマには新生させたり救う力は全然ない。
・私たちは、私たちがクリスチャンであることを示すためにバプテスマを受ける。

 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
 新約聖書 ローマ人への手紙6:4

バプテスマによって葬られた。

 もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。
 新約聖書 ローマ人への手紙6:5

私たちはイエスさまにあって新しいいのちに復活させられた。

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。
 ガラテヤ人への手紙2:20

◎ 水のバプテスマの霊的意義

・バプテスマは私たちがキリストと共に死に、葬られ、復活したことを象徴する。
(a)水の中に沈むことは、私たちがキリストと共に死に、葬られたことにおいて彼と同一であることを表す。

 それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。
私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
 新約聖書 ローマ人への手紙6:3-4

あなたがたは、バプテスマによってキリストとともに葬られ、また、キリストを死者の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、キリストとともによみがえらされたのです。
 新約聖書 コロサイ人への手紙2:12

(b)水から上がるということは、キリストの復活において彼と同一であるということを表す。

あなたがたは、バプテスマによってキリストとともに葬られ、また、キリストを死者の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、キリストとともによみがえらされたのです。
 新約聖書 コロサイ人への手紙2:12

私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。
 新約聖書 ローマ人への手紙6:4-5

◎ どのようにクリスチャンはバプテスマされるべきか。

・バプテスマするとき、クリスチャンは、体を全部水の中に浸されなければならない。
・もしバプテスマが私たちが死に、葬られ、よみがえったことを象徴するのであれば、それは、一度水の中に仰向けにつけることによってのみ表現される。

 こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。
 新約聖書 マタイの福音書3:16
 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来られ、ヨルダン川で、ヨハネからバプテスマをお受けになった。
そして、水の中から上がられると、すぐそのとき、天が裂けて御霊が鳩のように自分の上に下られるのを、ご覧になった。
 新約聖書 マルコの福音書1:9-10

水の中から上がられると… 原語では go up (上がる)と表現されており、しゃがんだのではない。

◎ 私たちは父、子、聖霊の名において、バプテスマされるべきだ。とイエス様は言われた。

それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
 新約聖書 マタイの福音書28:19

 ・しかし、弟子たちは、イエスの名においてバプテスマした。

そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。
 新約聖書 使徒の働き2:38

しかし、ピリポが神の国とイエス・キリストの御名について宣べるのを信じた彼らは、男も女もバプテスマを受けた。 新約聖書 使徒の働き8:12

・今日の地球の領域において、父、子、聖霊の名は、イエスの名である。

・その三つは通常複数である。彼は決して『名』を複数で言っていない。しかし、その名は単数である。

◎ バプテスマを受けるのは赤ん坊ではなく、大人、あるいは、ある程度の年齢に達した子どもたちである。

・聖書に従えば、私たちはバプテスマされる前に救われていなければならない。だから、地上のどんな赤ん坊もバプテスマを受けるための資格はない。

道を進んで行くうちに、水のある所に来たので、宦官は言った。「ご覧なさい。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何かさしつかえがあるでしょうか。」
 新約聖書 使徒の働き8:36-37

・聖書の中では、赤ん坊は誰一人としてバプテスマされていない。
・イエス様は確かに小さな子供に手を置いて、彼らを祝福したが、彼らをバプテスマすることはしなかった。

◎ 聖書の中にある水のバプテスマは常に悔い改めと信仰の後に続いて来ている。

 

信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。
 新約聖書 マルコの福音書16:16

そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。
 新約聖書 使徒の働き2:38

◎ 使徒の働きの書は再び、信者だけがバプテスマされたということを述べている。

・3,000人の信者がペンテコステに

 使徒2:41

・サマリアにおける新しい改宗者

 使徒8:12

・エチオピアの宦官

 使徒8:38

・使徒パウロ

 使徒9:18

・コルネリオと彼の全家族

 使徒10:24、48

・ルディア

 使徒16:15

・ピリピ人の看守

 使徒16:33

・会堂管理者クリスポ

 使徒18:8


◎ バプテスマの形式は、新約聖書から非常に明らかであり、次のことが要求される。

・たくさんの水

一方ヨハネもサリムに近いアイノンでバプテスマを授けていた。そこには水が多かったからである。人々は次々にやって来て、バプテスマを受けていた。
 新約聖書 ヨハネの福音書3:23

・水の中に入っていくこと( 新約聖書 使徒の働き8:38 )
・水の中につけること( 新約聖書 ローマ人への手紙6:4、コロサイ人への手紙2:12 )
・水からあがること(起こされること)( 新約聖書 ローマ6:5)
1. 水の中へはいる  ― 死

このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。
 新約聖書 ローマ人への手紙6:11

2. 水の中につける  ― 埋葬

私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
 新約聖書 ローマ人への手紙6:4

3. 水からあがる ― 復活

私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。
 新約聖書 ローマ人への手紙6:4-5

 ・私たちは罪に死んで、神に生きている。

(3)聖霊のバプテスマ

(a)バプテスマする人 ― イエス・キリスト

私は、あなたがたが悔い改めるために、水のバプテスマを授けていますが、私のあとから来られる方は、私よりもさらに力のある方です。私はその方のはきものを脱がせてあげる値うちもありません。その方は、あなたがたに聖霊と火とのバプテスマをお授けになります。
 新約聖書 マタイの福音書3:11

私もこの方を知りませんでした。しかし、水でバプテスマを授けさせるために私を遣わされた方が、私に言われました。『聖霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である。』
 新約聖書 ヨハネの福音書1:33

(b)要素 ― 聖霊

◎ イエス・キリストが聖霊の中にバプテスマする代理人。(新約聖書 使徒の働き1:5)
それは、水のバプテスマの前に起こり得る。(新約聖書 使徒の働き10:44-48)
  それは、水のバプテスマの後に起こり得る。

さて、エルサレムにいる使徒たちは、サマリヤの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところへ遣わした。 ふたりは下って行って、人々が聖霊を受けるように祈った。 彼らは主イエスの御名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊がまだだれにも下っておられなかったからである。 ふたりが彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。
 新約聖書 使徒の働き8:14-17

アポロがコリントにいた間に、パウロは奥地を通ってエペソに来た。そして幾人かの弟子に出会って、 「信じたとき、聖霊を受けましたか。」と尋ねると、彼らは、「いいえ、聖霊の与えられることは、聞きもしませんでした。」と答えた。 「では、どんなバプテスマを受けたのですか。」と言うと、「ヨハネのバプテスマです。」と答えた。 そこで、パウロは、「ヨハネは、自分のあとに来られるイエスを信じるように人々に告げて、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」と言った。 これを聞いたその人々は、主イエスの御名によってバプテスマを受けた。 パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。
 新約聖書 使徒の働き19:1-6

(c)志願者−生まれ変わった信者
・聖霊のバプテスマは、生まれ変わって聖霊の内住を受けたすべての人のためのもの。
 ・神が神の子供たちに贈る賜物として、救いに続く第二の体験がある。

◎ 聖霊 ― それは誰か?

・三位一体の第三位(マタイの福音書28:9)
・地上においてイエス・キリストの奉仕を続ける神の代理人。
・聖霊はひとつの神格であり、この方を悲しませたり、侮辱したり、この方について嘘をついたりすることが可能である。彼は声や思いを持っている。
・聖霊は過去、現在、未来を知っている。
(a)彼は全知
(b)彼は全能
(c)彼は偏在 ―同時にあらゆるところにいる

◎ 聖霊は何をするか

1. 彼は私たちの慰め主(ヨハネ14:26)
2. 彼は私たちのとりなし者(ローマ8:26−27)
3. 彼は私たちの教師。彼は私たちに神のみことばの啓示と理解力を与える。
4. 彼は私たちに警告して、私たちを危険と害から守る。
5. 彼は私たちに指図する(使徒13:2)だから、私たちは聖霊から神の奉仕の働きのための指図を期待することができる。
6. 彼は私たちを導き、案内する。(ローマ8:14、使徒16:6−7)

◎ イエス・キリストの地上における任務の需要な目標の一つは、彼の民を聖霊の中にバプテスマすることだった。

(a)イエス・キリストは弟子たちに、彼らが聖霊の中にバプテスマされて、高い所から力を与えられるまで証しを始めないように指図した。(ルカの福音書24:49 、使徒の働き1:4-5,8)
(b)イエス・キリスト御自身、聖霊と力とで“油注がれる”まで、彼の奉仕に入らなかった。(使徒の働き10:38、ルカの福音書4:1、18)

◎ 使徒の働きの書において、御霊が話させる通りに異言で話すことが、聖霊のバプテスマに伴う最初の外面的なしるしである。

(使徒の働き2:4,10:45-46)
・神は、すべての生まれ変わったクリスチャンが超自然的に備えられ、油注がれて、悪魔のしわざを打ち壊し、悪魔に捕らえられている人々を自由にすることを望んでいる。
使徒1:8は「あなたがたは力を受けます。」と言っている。
使徒2:4 「彼らは…始めた」

◎ 聖霊のバプテスマは、次のようにして信者の生活の中に維持される。祈りによって(使徒4:31)証しすることによって(4:31、33)、霊において礼拝することによって(エペソ5:18−19)、また聖別された生活を送ることによって。(エペソ5:18)

このように、聖霊のバプテスマは信者を新しくされ、維持されるべき聖霊との関係の中に連れてくる。

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