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 異端とは何か 

 ある人々は何が異端かをよく理解することもなく、他の人を異端呼ばわりしたり、自分の教会の教えが正しいと信じているが実はまさに、その人たち自身が異端の教えを信じてしまっているということがあります。私たちが混乱しないために、また異端に惑わされないために、異端とはどのようなものなのかを、聖書から見ていきましょう。

 異端とは、
@教会の教理に反する宗教的な信条
A教会の教え(イエス・キリストの教え)を認めないことです。

 「教会の教え」とは、ヘブル人への手紙6:1-2にある基礎的な教えを始め、聖書に書かれている基本的な真理の教えのことです。
 いやし、繁栄、聖霊のバプテスマ、異言で語ること等もこれに含まれます。

 ですから、私たちは、キリストについての初歩の教えをあとにして、成熟を目ざして進もうではありませんか。死んだ行ないからの回心、神に対する信仰、きよめの洗いについての教え、手を置く儀式、死者の復活、とこしえのさばきなど基礎的なことを再びやり直したりしないようにしましょう。
 新約聖書 ヘブル人への手紙6:1-2

 以下の項目をクリックするとその教えについて学ぶことができます。

 死んだ行いからの悔い改め
 神の信仰の教え
 さまざまなバプテスマの教え
 手を置くこと
 死者の復活
 とこしえのさばき
 繁栄について
  (ニュースレター No.4 「神の繁栄」 自動解凍データ)
  (ニュースレター No.29 「繁栄意識を高める」 自動解凍データ)

 まず、異端についてのまちがった教えについてここで解いておきましょう。
 預言をしたり、病気のいやしや奇跡を行ったりすることを、次の聖句をもとに、異端であるという人たちがいます。

 その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行なったではありませんか。』
 しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』
 新約聖書 マタイの福音書7:22-23

 これは、不法をなす者ども(聖書のことばを聞いても従おうとしない人たち、新約聖書 マタイ8:21,24)について言っています。
 イエス・キリストを信じる者たちが奇跡やいやしや預言をすることは、次の聖句等によっても明らかです。

 信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」
 新約聖書 マルコの福音書16:17-18

 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。
 新約聖書 ヨハネの福音書14:12

 『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。
 新約聖書 使徒の働き2:17-18

 また、少数派=異端でもなく、多数派=真理でもありません。数ではなく、聖書全体のみことばに忠実に立っているかどうかで、見分けることができます。

 狭い門からはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。
 新約聖書 マタイの福音書7:13-14

 また、迫害を受けている教会を異端という人がいますが、それはまちがっています。

 確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。
 新約聖書 テモテへの手紙第二3:12

 さて、今度は異端の特徴を、聖書から見ていきましょう。

 しかし、イスラエルの中には、にせ預言者も出ました。同じように、あなたがたの中にも、にせ教師が現われるようになります。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込み、自分たちを買い取ってくださった主を否定するようなことさえして、自分たちの身にすみやかな滅びを招いています。
そして、多くの者が彼らの好色にならい、そのために真理の道がそしりを受けるのです。
また彼らは、貪欲なので、作り事のことばをもってあなたがたを食い物にします。彼らに対するさばきは、昔から怠りなく行なわれており、彼らが滅ぼされないままでいることはありません。
 新約聖書 ペテロの手紙第二2:1-3

 まず、異端には、それを始めた、元となる人たちがいます。上の聖句では、にせ教師とかにせ預言者とか呼ばれています。実際には、教祖と呼ばれていることも多い、リーダーたちです。彼らは『異端をひそかに持ち込み』ます。おおっぴらに「自分は異端だ。」と言ってやっては来ないのです。かえって、「自分こそ真理だ。」と言ってやって来ます。彼らは神のことば(聖書のことば)を用います。しかし、その全体を理解して用いるのではなく、一部だけを引用して人々に間違った理解による教えを教えるのです。ちょうどサタンが、エデンの園でイブを惑わした時のように、荒野でイエス・キリストを誘惑した時のようにです。エレミヤ23:30,36では、『神のことばを盗む』『神のことばを曲げる』と言っています。彼らは神から出た者ではありません。彼らが語っていることは、結局、作り事のことば、偽りと自慢話です。

 見よ。・・主の御告げ。・・わたしは、自分たちの舌を使って御告げを告げる預言者たちの敵となる。
 見よ。わたしは偽りの夢を預言する者たちの敵となる。・・主の御告げ。・・彼らは、偽りと自慢話をわたしの民に述べて惑わしている。わたしは彼らを遣わさず、彼らに命じもしなかった。彼らはこの民にとって、何の役にも立ちはしない。・・主の御告げ。・・
 旧約聖書 エレミヤ書23:31-32

 彼らの多くは好色であり貪欲です。彼らのねらいは、あなたがたの肉体と財産です。彼らの目的は、自分の利得のためにあなたがたを食い物にすることです。彼らはあなたがたを、天の父やイエス・キリストに導くのではなく、自分に縛り付けて束縛します。そして、あなたがたを利用できるだけ利用して、捨てます。優しく接してきますが、あなたがたのことを心にかけているのではないのです。

 にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。
あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。ぶどうは、いばらからは取れないし、いちじくは、あざみから取れるわけがないでしょう。
 同様に、良い木はみな良い実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます。
 良い木が悪い実をならせることはできないし、また、悪い木が良い実をならせることもできません。
 良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。
 こういうわけで、あなたがたは、実によって彼らを見分けることができるのです。
 新約聖書 マタイの福音書7:15-20

 この箇所で、「実によって」彼らを見分けることができると言っています。では、具体的にどのようにしてそれらを見分けることができるでしょう。
 @その言動が、聖書のみことばとあっているか?
 その人の言動が、聖書の一部ではなく、全体の教えと合っていなければ、その人は真理を教えていません。

 あなたのみ言葉の全体は真理です。
 旧約聖書 詩篇119:160(口語訳)

 A栄光を、天の父、イエス・キリストに帰しているか?
 その人を通して、病気の癒しや、奇跡などのわざが現れた時、そのすべての栄光が、天の父、イエス・キリストに帰されているか、教祖等、人に帰しているか。自分に注目が集まるように導き、天の父、イエス・キリストがあがめられるように導いていないなら、その人は正しくありません。

 あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。
 新約聖書 コロサイ人への手紙3:17

 自分から語る者は、自分の栄光を求めます。しかし自分を遣わした方の栄光を求める者は真実であり、その人には不正がありません。
 新約聖書 ヨハネの福音書7:18

 愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、ためしなさい。なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです。
 人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい。
 イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。
 新約聖書 ヨハネの手紙第一4:1-3

 御霊はわたしの栄光を現わします。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。
 新約聖書 ヨハネの福音書16:14

 これまでの説明で、何が異端で何が異端でないかがご理解できたでしょうか。
 終わりの時代には多くのにせ預言者がおこり、多くの異端が出てくることが、聖書で語られています。私たちは、そういう異端の言うことに、耳を貸さないようにしなければなりません。

 イエスがオリーブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」
 そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないように気をつけなさい。
 わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、『私こそキリストだ。』と言って、多くの人を惑わすでしょう。
 新約聖書 マタイの福音書24:3-5

 また、にせ預言者が多く起こって、多くの人々を惑わします。
 新約聖書 マタイの福音書24:11

 というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。
 新約聖書 テモテへの手紙第二4:3-4

 異端の最期は、滅びです。(新約聖書 ペテロの手紙第二2:1-3)異端の教えを聞き続け、それを信じ続けるなら、あなたも滅びの道を歩むことになってしまいます。聖書は、そのような教えから離れなさいと言っています。

 わが子よ、さときことばを離れしむる教えを聴くことをやめよ。
 旧約聖書 箴言19:27(元訳)

 これは、あなたを真理からそらすことばを聞くことをやめなさい、という意味です。
そして、そのような人々と交わってはいけないと、聖書は言っています。

 違ったことを教え、私たちの主イエス・キリストの健全なことばと敬虔にかなう教えとに同意しない人がいるなら、その人は高慢になっており、何一つ悟らず、疑いをかけたり、ことばの争いをしたりする病気にかかっているのです。そこから、ねたみ、争い、そしり、悪意の疑りが生じ、また、知性が腐ってしまって真理を失った人々、すなわち敬虔を利得の手段と考えている人たちの間には、絶え間のない紛争が生じるのです。そのような人々から遠ざかりなさい。
 新約聖書 テモテへの手紙第一6:3-5

 だれでも行き過ぎをして、キリストの教えのうちにとどまらない者は、神を持っていません。その教えのうちにとどまっている者は、御父をも御子をも持っています。 あなたがたのところに来る人で、この教えを持って来ない者は、家に受け入れてはいけません。その人にあいさつのことばをかけてもいけません。
 新約聖書 ヨハネの手紙第二9-10

 そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
 新約聖書 ヨハネの福音書8:31-32

 真理にとどまることが重要です。そこに自由があります。そして今日あなたが手にしている聖書のことば(神のことば)の全体が真理なのです。あなたは間違った教えに対して正しく見分け、決してそれに耳を傾けないようにしてください。

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