
神の信仰の教え1h>
ですから、私たちは、キリストについての初歩の教えをあとにして、成熟を目ざして進もうではありませんか。
死んだ行ないからの悔い改め、神の信仰の教え、バプテスマの教え、手を置くこと、死者の復活、とこしえのさばきなど基礎的なことを再びやり直したりしないようにしましょう。
新約聖書 へブル 6:1-2
◎ 悔い改めと共に、救いを受けるのに必要な欠くことのできない第二の要素は、信仰である。
・福音伝道における信仰は、通常、キリストの信仰とか、イエス・キリストのうちにある信仰とか呼ばれるのに対して、ユダヤ人の教えでは、イスラエルの神としての神に対する信仰となっている。
あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。
新約聖書 ヨハネの福音書14:1
(a)イエス・キリストが語っている彼は、イスラエルの神として、また彼の御子として、メシアとして、また神と人との間の仲介者として、神を信じていた。
(b)それは今や彼らが、イスラエルの神としての神に対する信仰を持ち、その教義を教えたり、 受けたりするだけでなく→(c)
(c)いけにえを用いることなしに、失われた罪人を救う救い主としてのキリストにある信仰を持つように言っている。
◎ 信仰は、神に近づく唯一の手段である。
信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。
新約聖書 ヘブル11:6
◎ 信者が神から受けるものは何でも、信仰を通して受ける。
(A)信仰を通しての救い
あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
新約聖書 エペソ人への手紙2:8
ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。 新約聖書ローマ人への手紙5:1
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。
新約聖書 ヨハネの福音書5:24
(B)信仰を通してのいやし
ところで、十二年の間長血をわずらっている女がいた。
この女は多くの医者からひどいめに会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった。
彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、うしろから、イエスの着物にさわった。
「お着物にさわることでもできれば、きっと直る。」と考えていたからである。
すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、からだに感じた。
イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物にさわったのですか。」と言われた。
そこで弟子たちはイエスに言った。「群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、それでも『だれがわたしにさわったのか。』とおっしゃるのですか。」
イエスは、それをした人を知ろうとして、見回しておられた。
女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り、イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。
そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。」
新約聖書 マルコの福音書5:25-34
イエスがそこを出て、道を通って行かれると、ふたりの盲人が大声で、「ダビデの子よ。私たちをあわれんでください。」と叫びながらついて来た。
家にはいられると、その盲人たちはみもとにやって来た。イエスが「わたしにそんなことができると信じるのか。」と言われると、彼らは「そうです。主よ。」と言った。
そこで、イエスは彼らの目にさわって、「あなたがたの信仰のとおりになれ。」と言われた。
新約聖書 マタイの福音書9:27-29
(C)信仰を通して聖霊のバプテスマを受ける
このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。 新約聖書 ガラテヤ人への手紙3:14
これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。 新約聖書 ヨハネの福音書7:39
(D)信仰を通して敵に勝利
なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。 新約聖書 ヨハネの手紙第一5:4
人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方でなく、キリストのしもべとして、心から神のみこころを行ない、
人にではなく、主に仕えるように、善意をもって仕えなさい。
良いことを行なえば、奴隷であっても自由人であっても、それぞれその報いを主から受けることをあなたがたは知っています。
主人たちよ。あなたがたも、奴隷に対して同じようにふるまいなさい。おどすことはやめなさい。あなたがたは、彼らとあなたがたとの主が天におられ、主は人を差別されることがないことを知っているのですから。
終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。
悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。
私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
足には平和の福音の備えをはきなさい。
これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。
新約聖書 エペソ人への手紙6:6-16
シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。
しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
新約聖書 ルカの福音書22:31-32
(E)信仰を通しての聖別
私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。 新約聖書 使徒の働き15:9
それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。』 新約聖書 使徒の働き26:18
(F)信仰を通しての安全
あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現わされるように用意されている救いをいただくのです。 新約聖書ペテロの手紙第一1:5
私たちは、あなたがたの信仰を支配しようとする者ではなく、あなたがたの喜びのために働く協力者です。あなたがたは、信仰に堅く立っているからです。 新約聖書 コリント人への手紙第二1:24
そのとおりです。彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています。高ぶらないで、かえって恐れなさい。 新約聖書 ローマ人への手紙11:20
(G)信仰のよって生きる。
・ 聖書の中で4回、義人は信仰によって生きるとある。
(旧約聖書 ハバクク2:4、新約聖書 ローマ1:17、新約聖書 ガラテヤ3:11、新約聖書 へブル10:38)
私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。 新約聖書 ガラテヤ人への手紙2:20
(a)信仰は、まさにクリスチャンの生きるべき環境である。
(b)クリスチャンが信者と呼ばれるのは、絶え間なく、信仰によって生き続けるからである。
◎ どのようにして信仰は私たちのところに来るか
そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、神のみことばによるのです。 新約聖書 ローマ人への手紙10:17
・ 信仰は、聞くことによってのみ来る。
・ 信仰は、祈ることによって、あるいは聖書を読むことによっては来ない。
◎ 何故、神のことばを聞くように自分自身を訓練しなければならないか。
(a)誰も、全然知らない何かを信じることはできない。
(b)キリストを私たちの救い主、いやし主、また私たちの生活のすべての必要を満たす方として信じるために、私たちは神のことばを聞く必要がある。
信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。 新約聖書 ヘブル11:6
イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」 新約聖書 マタイの福音書4:4
みことばを聞いていたら、信じる可能性がある。
しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。 新約聖書 ローマ人への手紙10:14
・ あなたはみことばを聞かなければならない。それを信じ、受けられなければならない。
・ 信仰は、単純に神のことばを信じること。
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