名古屋クリスチャンセンター教会

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Salvation



【 イエスキリストの救いの知らせ 】

 すべての人間は、本当は、「まことの神を知りたい」「救われたい」「幸せになりたい」という願いを、心の奥底に持っています。あなたもそう願っていることでしょう。
救いの祈りはこちら

【 まことの神と神々との違い 】

 何千年という間、人間は、自分を救ってくれる神を捜し求めて、人間の考えによって多くの宗教や木や石の神々をこの世界に造り、それらに仕え続けてきました。しかし、人間が造り出したものは、人間を救うことはできません。

 「神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じものと考えてはいけません。この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。」(新約聖書 使徒の働き17章29、24節)

と、神のことばが言っています。  今日、世界の哲学者や学者や教育者たちは、真理を捜し求めています。また、多くの宗教の指導者たちも、真理を知ろうと追い求めましたが、得ることができず、人々に真理を示すことができませんでした。彼らは人間にすぎず、死に勝利することができませんでした。 宗教をつくった指導者たちとイエス・キリストとでは、違いがあります。彼らは死んで葬られ、その骨は今も墓にあります。そして、世界中の多くの人たちは、その死んだ宗教家たちを神々とし骨を拝んでいます。しかし、十字架につけられたイエス・キリストは、死んで葬られましたが、彼の墓には骨が残っていません。なぜなら、イエス・キリストはよみがえられ、天にのぼって行ったからです。イエス・キリストが死んだと思い違いをしてはいけません。神は死んだ神ではなく、生きている神です。イエス・キリストは、ただひとり死に対して勝利して、死から生き返った方です。イエス・キリストは、言われました。

 「わたし(イエスキリスト)が道であり、真理であり、いのちなのです。わたし(イエスキリスト)を通してでなければ、だれひとり父(神)のもとに来ることはありません。」(新約聖書 ヨハネの福音書14章6節)

 イエス・キリストは全く罪のない方でしたが、全人類の罪を背負って、彼らの身代わりに、罪の刑罰を受けられ、そして死からよみがえった救い主です。

【 イエス・キリストの復活は歴史でも証明されている 】

 イエス・キリストは十字架にかかる前に、ご自分が「エルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして3日目によみがえらなければならないことを」(新約聖書 マタイの福音書16章21節)  彼ご自身の口から彼の弟子たちに言われました。  紀元33年に、イエス・キリストは、死からよみがえられた後、12弟子をはじめ、500人以上の人々に同時に現れました。(新約聖書 Tコリント15:5-6)  彼の復活とともに、彼の誕生も偉大です。なぜなら、──西暦は、キリストの誕生によって分けられているからです。
  B.C.(Before Christ)紀元前 キリスト誕生以前
  A.D.(Anno Domine)“in year of Jesus Christ” キリスト誕生以降
 聖書以外でも、キリストの復活を証明する歴史的事実があります。復活したイエス・キリストを見た多くの証人が生きていた時代、紀元37年に生まれた、ユダヤ人の歴史家フラビウス・ヨセフスは、彼の著者「ユダヤ人の古代文化」3章3節で、こう述べています。  「…さて、この頃、ひとりの賢い人、イエス(彼を人と呼ぶなら)がいた。というのは、彼は素晴らしいわざを行なう者だったからである。彼は、喜んで真理を受ける人々の教師であった。彼は、多くのユダヤ人と多くの異邦人とを自分のもとに引き寄せた。彼こそは、キリスト(メシヤ)であった。そして、私たちの間のおもだった人々がピラトに主張した時、ピラトは彼を罪に定めて十字架につけた。その時(紀元33年)、彼を愛していた人々は彼を見捨てなかった。それは、彼は3日目に再び彼らに生きて現れたからである。これらのこと、また他の万にも及ぶ彼に関する不思議なことは、神の預言者たちが前もって語っていたとおりである。また、キリストの一族(彼からそう名付けられている)は、今日まで絶えていない。」  このように歴史の書物に書かれています。  それゆえ、キリストがあなたの罪のために死んで、3日後に神の力によって死からよみがえった(生きかえった)ことは、歴史によっても確かに証明されています。

【 罪を取り除くためにイエス・キリストは地上に来た 】

 「神は、実に、そのひとり子(イエスキリスト)をお与えになったほどに、世(全人類)を愛された。それは、御子(イエスキリスト)を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(新約聖書 ヨハネの福音書3章16節)

 神は、あなたが救われるために、イエス・キリストをあなたの罪のための身代わりとして送られました。  神のことばでは、あなたは罪人である。と言っています。それは、あなたが何かをしたからではなく、あなたがそのように生まれて来たからです。最初に創造された人アダムが、全人類の代表者でした。彼が罪を犯した時、彼は私たちすべてを罪の状態に陥れてしまったのです。その罪の源について、あなたが理解するためには、人類創造の最初の時に戻らなくてはいけません。  神は、最初、人間を神に似た者として、全く罪のない者としてお造りになりました。しかし、神の敵である悪魔は、神のお造りになった人間に近寄り、神に敵対して罪を犯すように誘惑しました。そして人間は、悪魔の声に聞き従い、神の前に大反逆の罪を犯してしまったのです。

 「そういうわけで、ちょうどひとりの人(アダム)によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、──それというもの、全人類が罪を犯したからです。」(新約聖書 ローマ人への手紙5章12節)   「すなわち、ちょうどひとりの人(アダム)の不従順によって多くの人が罪人とされたのと同様に、ひとり(イエスキリスト)の従順によって多くの人が義人とされるのです。」(新約聖書 ローマ5:19)

 ですから、人間は、創造主である神に逆らった結果、霊的に死にました。そして、まことの神を見失ってしまいました。それどころか、人間が悪魔に従って罪を犯したために、悪魔がこの世とあなたを支配するようになったのです。そして、人間はのろわれて、ある人には病気、ある人には貧乏、ある人には災いが、また、すべての人に対して永遠の死(神から離れて地獄に行くこと)が及び、神のことばに従わないすべての者は、何千年もの間、滅んできたのです。 私たちは、この罪の性質をもって生まれているゆえに、神から離れているのです。それゆえに、人間は、その性質のゆえに、数々の罪を犯してしまうのです。神のことばがこう言っています。

 「ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。」(旧約聖書 詩篇51:5)  「あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり…。」(旧約聖書 イザヤ59:2)  「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることがてきず…」(新約聖書 ローマ3:23)

 イエス・キリストは、世界の罪を取り除くために地上に来られ、十字架の上で死なれ、地獄に行かれました。それは、全人類を救うために、犠牲を払い、その代価によって私たちを買い取ってくださったのです。

 「神は、罪を知らない方(イエスキリスト)を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方によって、神の義(神の前に全く罪のない者として立つことができること)となるためです。」(新約聖書 コリント人への手紙第二 5章21節)

 イエス・キリストは、一度代価を払われた後に、死からよみがえり、悪魔に対して勝利したゆえに、すべての罪の問題は解決されました。あなたの罪も解決されました。


【 神の性質を受けるために生まれ変わらなければならない 】

 イエス・キリストは「人間は神の子どもとして生まれ変わらなければいけない」ということを教えています。

 「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」(新約聖書 ヨハネ3:3)
 「人は、水(水は象徴的に、神のことばのことを言っています。)と御霊によって生まれなければ、神の国にはいることができません。」(新約聖書 ヨハネ3:5)

イエス・キリストを受けることによって、神の子どもとして生まれ変わることができます。

 「しかし、この方(イエスキリスト)を受け入れた人々、すなわち、その名(イエスキリストの名)を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」(新約聖書 ヨハネ1:12)

 生まれ変わり、神の子どもとなるために、あなたは決して、自分自身の行いによって努力する必要はありません。

 「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物(プレゼント)です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(新約聖書 エペソ2:8-9)

【 永遠のいのちの行き先をあなたが選ばなければならない 】

 神は、あなたの罪に対して、あなたを責めてはいません。あなたが神の子どもとなることをとどめていることがあります。それは、あなたがイエス・キリストを受け入れないことと、彼に従わないことです。人間には、1つの罪があります。それは、イエス・キリストがこう言われました。

 「罪とは、彼らがわたし(イエスキリスト)を信じないことです。」(新約聖書 ヨハネ16:9)
 なぜなら、イエス・キリストは、神と人との間のただひとりの仲介者であるからです。 「神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのイエス・キリストです。」(Tテモテ2:5)

 それゆえに、

 「神(まことの神)を信じ、またわたし(イエスキリスト)を信じなさい。」(新約聖書 ヨハネ14:1)

と、彼は言われました。  なぜ、「まことの神」を信じなければならないのでしょうか?

 「そのばあい、この世の神(悪魔)が…」(新約聖書 Uコリント4:4)

とあるように、この世の多くの神々があるからです。  イエス・キリストを受け入れないなら、あなたは悪魔の子どものままです。イエス・キリストは、彼を信じない人々に対してこのように言われました。

 「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。…」(新約聖書 ヨハネ8:44)

 それゆえに、あなたは悪魔と同じ裁きを受けなければなりません。

 「そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池(これは、地獄のことを言っています)に逃げ込まれた。それは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。」(新約聖書 黙示録20:10)

 イエス・キリストが、あなたのために罪の代価を払われたとき、彼はあなたの身代わりとなられました。神のことばでは、永遠の贖いが完成されたことを記録されています。

 「(イエス・キリストは)ご自分の血によって、ただ1度、まことの聖所(天国)に入り、(全世界の民のために)永遠の贖いを成し遂げられたのです。」(新約聖書 ヘブル9:12)

 イエス・キリストがあなたの身代わりとなったということは、あなた自身が2000年前、あの十字架の上で死んだのと同じことです。しかし、それは、あなたが自動的に天国に行くという意味ではありません。確かに、神はあなたの罪の代価を払うために、イエス・キリストを送られました。また、彼はあなたの罪に対して、何も責めてはいません。しかし、あなたは、苦しみの場所である地獄へ行かなければなりません。  なぜなら、あなたがイエス・キリストをあなた自身の個人的な主(主人)、救い主として、信仰によって自分の心に受け入れていないからです。また、あなたのために死んでよみがえったイエス・キリストを主として受け入れていないからです。

 「御子(イエス・キリスト)を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。」(新約聖書 ヨハネ3:36)
 「父がわたし(イエス・キリスト)にお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して拒みません。」(新約聖書 ヨハネ6:37)

  あなたは、自由意志をもっています。神は、救いを受けるようにあなたに強制されません。選ぶのは、あなたです。

 「私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く、あなたは、いのちを選びなさい。」(旧約聖書 申命記30:19)

 では、どのようにして、いのちを選ぶことができますか?

 「死と生は舌に支配される。」(旧約聖書 箴言18:21)

と言っています。あなたが、心の奥底で信じて口に出して言うことが、あなたを救いに導きます。

 「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心で信じて義と認められ、口で告白して(声に出して言うこと)救われるのです。」(新約聖書 ローマ10:9-10)

 救われるために、あなたがしなければならないことは、

 @ イエス・キリストが、あなたの救い主、人生の主であることを認め、それを声に出して言い表すこと。
 A イエス・キリストが、あなたの罪の身代わりとなって十字架にかかり、あなたの代わりに地獄に行き、そして、神がイエスを地獄からよみがえらせたという聖書の事実を信じて受け入れること。

の2つだと、神は言っているのです。

 この、「イエス・キリストの救いの知らせ」を読んだ皆さんの中で、心からイエス・キリストを受け入れたいと思う人は、次の救いを受ける祈りを声に出して、1度だけして下さい。

【 救いの祈り 】

天におられる神様。私は今、イエス・キリストを私の主として受け入れます。イエス・キリストは私の主です。私を義とされるために、神がイエス・キリストを私の身代わりとして、死からよみがえられたことを心で信じます。今、私は救われました。今、私はイエス・キリストにあって神の義となりました。天の父に感謝します。アーメン(本当にそうですという意味)


 この「救いの祈り」を心から信じて告白した人は、すべて生まれ変わって、神の子どもとなり、神の前に、義人(神の前に全く罪のない者)となり、永遠のいのちを受けたのです。  救いの祈りをした後に、あなたの気分や感情においては「救われた」と感じなくても、あなたが救われたという唯一の証拠は、神のことばにあるのです。

 「だれでもキリストの内にあるなら、その人は新しく造られた者です。」(新約聖書 Uコリント5:17)  「神は、私たちを暗やみの権威から救い出して、愛する御子の王国の中に移してくださいました。」(新約聖書 コロサイ1:13)
 「私たちが神の子どもと呼ばれるために、──事実、いま私たちは神の子どもです。──御父(神)はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。」(新約聖書 Tヨハネ3:1)

 あなたが、神の子どもとして生まれ変わり、神の家族に入られたことを歓迎します。あなたは、神の家族の兄弟姉妹です。  今日、イエス・キリストを信じ救いの祈りをした方は、名古屋クリスチャンセンター教会まで連絡してください。
連絡は こちらです。あなたの信仰の成長のためにお祈りします。




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  (破壊・危険からの)

  という意味があります。