
長い間求めていたものが何だったのか、解りました。
愛媛県 筆脇智惠子さん 2007年1月12日
もう死ななければならないと思い、インターネットで朝から晩まで自殺サイトを眺めて、まるまるひと月が過ぎていました。
私が自分の心の闇に気付いたのは随分と昔のことでした。仕事が忙しく、中間管理職に就いた頃のことでした。当時は天職だと思っていた、その仕事に没頭して、自分を顧みることなく年月が過ぎていく中で、疲労感が押し寄せてきても私は休暇もとらずに仕事を続けました。いつからか死に憧れるようになりましたが、現役で、しかも仕事中に死ねるなら過労死でも本望だと思い込んでいました。
しかしその後に更年期と重なって、燃え尽き症候群や買い物依存症になり、気付いたときには生きて行く望みのない鬱状態から抜け出せなくなっていました。会社に出勤出来なくなり、人と接することや外出することが億劫で恐くなり、そのことがショックで、ひきこもりを約2年間続けた後、会社に呼び返して貰って社会復帰を試みましたが、以前はテキパキとこなしていた仕事が苦痛で、天職だと信じていただけに自信喪失になり落ち込み、ひきこもりが再発してしまいました。朝から晩まで寝床から起き上がることもないまま、ノートパソコン相手に自殺について調べて…死を考えると安心できる自分をどうすることも出来ませんでした。とにかく「何もしたくない」、「何もしなくていい世界に身を置きたい」そんな気持ちが一杯で、だけど実際は、毎日何もする事なく時間だけが流れ、社会から取り残される不安が蓄積して自己嫌悪に苛まれていました。
ほぼ自分なりの死を覚悟した或る日、なぜか最後に感謝しながら死にたいと思いました。“感謝、祈り”という文字が頭に浮かび、パソコンで検索したところ、クリスチャンリンクにヒットして、
すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのところに来なさい。わたしがあなたを休ませてあげます。
マタイ福音書11:28
というイエス様の言葉に出逢いました。涙が溢れて暗闇の心に微かな光が差し込んだ私は1000近くあるクリスチャンリンクのホームページを覗いてみることにしました。
感動したり、ためになるページは幾つもありました。熱心に朝から晩まで眠る時間も惜しんで読み耽りながら、聖書の偉大さとイエス様の優しさを強く感じながら、「実践的で具体的な祈りの力について知りたい気持ちを満足させてくれる教会なり、ホームページはないものか?」と思い始めました。お祈りと願望の違いとか、救われるとはどういうことなのか?知りたいことがドンドン湧き上がってキリストについて浮かぶ限りのキーワードを叩いて検索しました。
多くの証し集を見ても、自分より随分と若い人達がイエス様と出逢い神学校に進んだりしたお話しが多く、神様との出逢いにも年齢制限があるのかと虚しくなったりも致しました。また、一部のクリスチャンたちが病気やいろいろな不幸なでき事を、神から与えられた試練だと感謝しているのに疑問を感じたこともあり、真の感謝とは何だろうと思ったりいたしました。
諦めずにイエス様に関するサイトは全部開いてみようと、心の中で「イエス様!私の悩みを解決してくれるホーム・ページにお導きください。」と初めて胸に手を合わせてお祈りをしたのは、イエス様の言葉に出逢ってから一週間目の朝のことでした。そして直ぐに開いたサイトからサーフィンしてあるキリスト教会の証し集のページに辿り着きました。
「ああ!これだ!」と声に出して、私は思わず起き上がりました。証しのページには、それまで見たことのない、しかし私が期待し、確信していた実践的な神の癒しが紹介されていました。また、救われたその後の歩み方、それから祈りと告白の仕方…私の抱えていた問題や疑問に対する答えや解決方法が、実に明確に具体的に示されていました。「神様、ありがとうございます!」私は待ち望んでいた真理に逢えた感動にうちふるえがら、そして夢中で救いと成長のページを読んだあの朝のことを、一生涯忘れないでしょう。
救いの祈りをしてメールで報告を申しあげました。教会の方からご親切な返信メールを直ぐに頂き、また私のために皆様がお祈りをしてくださいました。私のそれまでの胸の奥の不安や虚しさがピタッと止って(これは本当に不思議な感覚でした。心が大きく揺れないように何かの力でピッタリとおおわれて守られている感じがしました。)、死を考える以外のことが多く出来るようになり、その数日後には、寝床から出て、少しずつですが日常の生活が出来るようになりました。その後も教会の方がメールを配信くださったり、聖書や数々の資料をお送りくださり、励ましとお祈りをしてくださいました。
イエス様と出逢うまでの長い間、私は随分と霊能者や宗教や占い、或いは自己啓発セミナー等に少なくないお金を使って参りました。また一時は仏教の世界に身を置けば救われるかとお寺の門を叩いたこともありましたが、信仰が学問となり、一部が俗物的な商売になっていたりする宗教組織の現実に真の信仰など求めることが愚かなのだと諦めていました。
しかし、そんな私はこの教会のホームページ、その中でも特に神のことばの教えのニュース・レターなどで真理を学ぶ機会を与えて頂きました。朝目覚めてからの信仰の告白をはじめ、出来る限りホームページで教えてくださっていることを実行してみました。イエス様に救われてからひと月目には面接を受けて、パートで働くことも可能になりました。何十年も苦しんでいた私にとっては、全くの奇跡です。心療内科に行っても心理学や哲学、或いはセミナーや宗教にも回復の兆しを見出すことが出来なかった私の心の問題が短期間に癒されました。聖書に書かれているとおりです。
・・・わたしは主(神)、あなたをいやす者である。
出エジプト記15:26
主(神)はみことばを送って彼らをいやし、・・・
詩篇107:20
真理を真理として学ぶ素晴らしさを教えて下さった天のお父様に感謝します。目に見えるところでは、厳しい状況もございますが、何より今は以前のように心が大きくフラフラとする不安から離れ、天のお父様の愛を感じ、イエス様がいつも見守ってくださっていることを信じる幸せの中に生きています。
また、教会の方が、わざわざ遠い四国まで来てくださって、聖霊のバプテスマを受ける導きをして下さり、異言で語ることができるようになりました。ホームページの証しの中で私にとって最も慰めとなる証しをしておられた方とお目にかかる機会も与えられました。また、私の部屋にあった偶像の処分等も適切にして下さいました。本来でしたら、私の方がお礼にお伺いしなければならないところを経済的必要のある私の今を推し量り、今の私に最も大切なものを与えて下さるために、遠方からお越しくださったご親切に感謝で一杯です。聖書を初め、素晴らしい神のことばの教えの書かれたご本や、ゴズペルのCDも頂きました。御教えを声にして読んだり語らせて頂けた交わりの時間は、私が今までに味わったことのない喜びに魂が震えた時間でもあります。天のお父様のプレゼントを遠慮なく頂いて、真から甘えさせて頂けました。
長い間求めていたものが何だったのか、最近になって解りました。真理を求めていたのだと理解できましたのは、天のお父様がこのホーム・ページに出逢わせて下さったからです。これからも真理を学び続けて、天のお父様が私のために備えて下さっている最善の道を歩みます。
イエス・キリストの御名によって天のお父様の愛を賛美して、この栄光を帰します。
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